刹那主義至上主義

こいついつも推敲してないな

決意

春に焼肉奢ってくれるらしいのでハースのレジェも諦めるしニコ動見る時間も最低限だけにするわ、ぼくは頑張って電撃間に合わせると誓うよ。

間に合わなかったら死ぬ、ホントに自殺する、だってぼくから小説取ったらホントになにも残らないもん。なんのために仕事辞めたのさって話だもん。自殺できないやつに小説なんて書けねえ、だれかの命を語ることなんてできねえ。だからぼくは書くし書けないなら死ぬ。

 

マジで間に合わせる、男に二言はねえ。

 

 

くそどうでもいい記事

酔いとノリだけで異世界転生モノを書き始めてしまったけれど、実はもう当分の展開はおもいついてしまったのだけれど、書いていて虚しくなる。原因はおそらく作品が軽いから。

転生後の主人公の行動動機が軽すぎて自分では?って言い続けてしまう。や、それは、そうでもしないと動かせない自分の技量のNASAが原因なのだが。

 

プロットなし設定も下書きもなしで書くのマジでこのブログのこーゆー記事くらい虚無だわ。まあ、この企画の目的はぼくの執筆時間を毎日作るための動機作りやからええんやが

ワルキューレには裏切られなかったけれど、マクロスΔには裏切られた話

※ぼくはマクロスシリーズはΔしか知りません。なので、マクロスじゃ当たり前なんで、とか、そういう意見は知るかってことで、よろしく。あと、ネタバレするからそこもよろしく。

 

 ワルキューレは裏切らない(マクロスΔは裏切らないとは言っていない)

 

 はい、どうも、カナメさんが一番可愛いなあって思うそるにゃんです。や、ビジュアル的に憧れを感じるのはレイナちゃんなのだけれど。ああいう見た目になりたい。

 そういうことはどうでもよくて、劇場版を見てきたよって話。交通費片道1000円以上使ってるので、頼むぞ~って感じで見にいった。

 

 見終えたぼく「マクロスΔに裏切られた」

 

 いや、いかんでしょ(マジギレ)

 

 なにがいかんって、ストーリーが全然違うものになっているところ。尺の都合による些細な変化は許せるからいいの、それは仕方ないし、そうした方が良くなる場合だってある。それは許す。

 けれど、戦っている理由さえ変わってしまうのは良くないでしょう。

 ロイドが可哀想。ぼくはそう思った。

 まず、レディMの存在が丸ごと姿を消していた。まあ、本編でも解決することはなかった問題だったけれど、消すのはいけないでしょう。なぜって、三雲の存在にまつわることだし、そもそもの全ての元凶である可能性が残っているからだ。けれど、その存在は消えてしまった。7年前のハヤテの親父のくだり(カーライルの黒い嵐)と共に。

 そういうわけで、ウィンダミアに形成されたカーライルの黒い嵐の話が説かれることはなかった。それはつまり、どうしてウィンダミアが戦争を起こしているのかということさえ説かれなかったということを指している。そう、ウィンダミアが戦争を吹っ掛けてきた理由さえ、改変されていたのだ。

 ロイドというウィンダミアの宰相は、テレビアニメ版では、ウィンダミアの意志の器であった。ウィンダミアの民の平和を望む意志を現実のものにするために戦争という手段を持ちだした男だった。

 しかし、劇場版の彼はどうだ。彼自身が世界の調和を望んではいなかっただろうか。ぼくにはそう見えた。とてもウィンダミアの平和を未来永劫守るために戦っている男には見えなかった。世界を調和すること(ハーモニープログラムを起動すること)が彼の望みのように見えた。彼はウィンダミアの器ではないように見えた。

 さて、では、それのなにが良くないのか、いけないのかというと、マクロスΔという作品の構図が変わってしまうからだ。

 テレビアニメ版では、ウィンダミアは決して悪者ではなかった。むしろ、カーライルの黒い嵐を生み出したレディMの側こそが真の悪ではないかと思うような構図だった。ウィンダミアはカーライルの黒い嵐が再来することを恐れていた。そのための活動がロイドによって「戦争」という形になってしまったという話だったとぼくは認識している。そして、だからこそ、ロイドはキース(ハインツ様の意志)によって止められるという結末を辿った。ウィンダミアの政治方針が見直されることで物語は終結した

 しかし、劇場版では、ウィンダミアが悪のように見える。それはレディMに関する話が省略されているせいでもあるけれど、やはり、一番の原因はロイドの意志の有無だと思う。ロイドが自ら望んで世界を調和しようとしたという事実は、完全にロイドが敵であることを証明してしまうのだ。偶然にも戦争してしまったという物語が、必然の物語に変わってしまうのだ。ぼくはそれが許せない。

 まあ、それはぼくの好みなのかもしれないけれど。ぼくがロイドとキースの関係性が好きだったから、というのに機縁しているのかもしれない。その関係性を壊されたことが気に入らないのかもしれない。

 ロイドとキースは、風は違えど同じ空を見ている二人だった(もしかしから風と空が逆か?)

 どういうことかって言うと、思想行動の形は違えど、同じウィンダミアの平和を望んでいた二人だったってこと。キースはウィンダミアが平和ならそれでいいって考えだったけれど、ロイドはその平和を守るためには世界を掌握しなければ永遠に守れないって考えだった。あくまで、二人はウィンダミアの平和を望んでいた。

 その関係性が劇場版では崩れていた。何回も言うけれど、ロイドはウィンダミアの平和など二の次のような風に見えた。ウィンダミアを利用して世界を調和しようとしている男に見えた。

 

 話は少しだけ変わって、ハヤテの話をしよう。

 ハヤテくん、いる?

 いらんやろ。

 ぼくはそう思った。パイロットの見せ場(メッサーの敵討ち等)を失ったことについては後述するから一旦置くとして、それ以外について。

 親父のくだりが消滅した。

 生い立ちが語られることはなかった。

 自分がフレイアにとって特別な男であることについての証明も省略された。

 風に乗ることも暴走することもなかった

 いやー、こんだけの個性を奪い取られた彼にはなにが残っただろうか。彼の見せ場はどこだっただろうか。ただちょっと愉快な戦い方をする新兵というのが彼の立場ではないだろうか。フレイアの起爆剤として、劇場版の彼はもはや不適任ではないだろうか。三雲の方がよっぽどフレイアの起爆剤になるのではないだろうか。彼が行ったことといえば、戦闘中に突然戦線離脱してフレイアと出会ったことくらいではないだろうか。いや、ガイジにもほどがあるだろ。

 

 もうひとつだけ、難点。

 ワルキューレについて。ワルキューレについてというか、ウィンダミアなのだけれど、ハインツ様とはなんだったのだろうか。

 さっき一度書いたけれど、マクロスΔのテレビアニメ版はハインツ様がロイドの手段を否定したこと終結した。ウィンダミアの平和のために世界を調和しようとしたロイドを、それは違うでしょうって否定したこと終結した。

 さて、劇場版の最後はといえば、空中騎士団ワルキューレの風に乗ってロイドを否定し葬った。

 いやいやいやいや~~~~~~~~ハインツ様の存在意義wwwwww

 ワルキューレに加勢するのは悪くない、熱い展開のように思える。しかし、そうじゃない。それじゃあいけない。マクロスΔって作品は誤りを正す物語だ。ロイドがとった戦争という平和を目指す手段を間違いであったと認め、同胞の手によってケジメをつける物語だ。ハインツ様が、ウィンダミアがロイドの考え方を否定することが重要なのだ。まあ、この問題については、そもそもロイドがウィンダミアのためを思って世界を調和しようとしていない時点で破綻するので、どうこう言う話じゃないんだけれど。ロイドがウィンダミアと関係ないことを企んでいる時点でハインツ様ってただの拡声器になってしまっているので、ハインツ様とはなんだったのかって話以前の話なんですけれどね。

 

 さて、悪い話をたくさん書いたけれど、もちろん、褒める部分もある。

 

 まあ、これはほぼみんなが言うというけれど、メッサーくん良かったな!!!カナメさんの胸の中で死ねて良かったな!!!!おめでとう!!!!!!!

 テレビアニメ版ではキースに撃ち殺されたメッサーくん、劇場版では見事回避し、その後、肉体が限界を迎えてカナメに抱かれながら塵となって風に消えた。

 ちなみに一緒に見に行った後輩くんは生還ルートを期待したらしいです。生還してたら一番の改悪箇所って言って0点付けたよぼくは。メッサーくんが死んでこそのAXIAやろ。†片道だけの微熱で翔ける空†

 けれどけれど、まあ、実はこの改変についてぼくは賛否両論あって、

 まず、メッサーがキースに討たれなかったことで、ハヤテがメッサーの敵討ちとしてキースに燃えるというテレビアニメ版の部分が消滅した。まあこれは一回書いたけれど、テレビアニメ版でも消化不良で終わったから、非減点対象。

 それの続きの話になるけれど、メッサーくんがキースの左目に傷を付けた勲章を得た改変。これは加点。キースの中で永遠に生き続けるんですよ、あの死神。

 さて、一番重要な賛否両論ポイントなのが、カナメさんを一生独身にしてしまったところ。ちょっとふざけて言ったからもう少しまともな言い方をすると、メッサーくんの死がカナメさんにより強い印象を与えたこと。

 メッサーくんの死はカナメさんに強い印象を与えた。きっと、もうカナメさんは一生メッサーくんを忘れることはできないだろう。どんなときも、心の隅にメッサーくんを宿して歌い続けるだろう。それが恋愛感情であるかは置いておいて、だが。けれど、終盤、ハヤテが乗る死神の機体を見て「メッサーくん……」って言ってしまうくらいだし、これは恋愛感情に近いレベルなのではないだろうか(思い込みが激しい勘違いオタク)。

 さて、テレビアニメ版のカナメさんは、ぶっちゃけメッサーくんのことをなんとも思っていなかっただろう。ちょっと大事な1隊員が死んだくらいの位置だっただろう。運昇さんが死ぬのと同じくらいの位置だろう。アラドさんが死ぬ方が悲しんでいたかもしれないくらいだろう。けれど、それは仕方ないというか、当然の結果なのだ。なぜって、メッサーくんは想いを伝えていないからだ。ううん、より正確に言うには、想いが伝わっていないからだ(伝わっていないと言い直したのは、メッサーくんにとって「あなたの歌を聴いていました」が告白のつもりだったかもしれないからだ。彼がそれくらいシャイである線は多いにあり得る……というか、そうであってほしいとさえ、ぼくは思う)。だから、その後のカナメさんがメッサーくんのことを想うのは筋違いなのだ。

 そして、そういう悲しい結末を、メッサーくんが望んでいた可能性だって存在するのだ。自分の死がカナメさんの人生を縛ることがないようにと黙って死んだかもしれないのだ。自分の死後、自分のために歌うカナメさんの姿を見たくなかったかもしれないのだ。だって、メッサーくんはみんなのために歌うカナメさんが好きだったのだから。まあ、これらはちょっと妄想が過ぎるかもしれないけれど、そういう解釈だって可能だよねってことで。

 そういうわけで、一概に改変が加点しかないというのは違うという話。まあ、ハヤテはキースの新たなライバルになりきれなかったしこの改変でいいんじゃない?

 

 もうひとつ加点をあげたいのは、レイナが三雲に呼び掛けるところ。そのポジションにレイナを配置するのは偉いと思った。レイナの使われなかった「最初は非協力的だった」って要素が良い感じに消化された。

 

 あともうひとつ、運昇さんの見せ場を作ってくれてありがとう。運昇さんって呼んでいるけれど名前……なんだっけ?(アニゲラに投稿しなきゃ)(もうあのコーナー終わったんだよなあ)

 

 疑問として残ったのが、レディMのくだり(胡散臭い商人含めて)を全部消してしまったけれど、どうやってこの話を畳むんだろうってことかな。続編は絶対に作らないってことなのだろうか。マクロスシリーズは代々続編はないって聞いたけれど、作品の時系列は繋がっているらしいし、そうなると、真相は永遠に闇に包まれたままなんかなあって。それは悲しいなあって。

 

 劇場版の全体の感想としては、2時間のプロモーションビデオを見せられた、という感想だろうか。ストーリーがあってなかったようなものだし。マクロスって歌と戦闘機のバトルアニメっていうのがマクロスの代名詞やと思っていたけれど、これじゃ宇宙と戦争を舞台にしたアイドルアニメって感じだ。まあ、どうしてって、それは、主人公がハヤテじゃなくてフレイア(ワルキューレ)に代わっているからなのだけれど。いやね、タイトルがね、「マクロスΔ 激情のワルキューレ」だしね、まあ主役はフレイアや!って言われても、そうですかって言うしかないのだけれど、ぼくはハヤテが主役であってほしかったなあ。

 あと、3Dライブシーン、作画でやってほしかったなあ。3Dは嫌いじゃないんだけれど、マクロスのライブシーンの作画が好きだったから単純に。ま、目隠しのくだりとかえっちやなーって思ったのは事実やし、減点はしないのだけれど。作画やったらもっと加点してたって話。欲張り侍。

 ミラージュさんも、もはやいらん女の子になってしもうたなあ……ていうか、告白のくだりも消えてるねんな、まーじでミラージュの見せ場がことごとく消えてる。悲しい。どれだけ世間の評価が悪かろうか、最後のあの告白の話は必要やったやろ、あそこでするべきかどうかは置いといてな。

 

 そういうわけで、ワルキューレには裏切られなかったけれど、マクロスΔには裏切られたって話でした。ワルキューレは可愛いかったので、月末のライブも楽しみにしています。希世乃さんの歌声を聴きたいんや~~~

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エンドロールを見ている最中のキンプラ中毒者ぼく「このあとにライブシーンがあるんやろ?」

FIN.

たにやま

●時に起きねば

 

という意志を持って久しぶりに睡眠したけれど、まー眠りは浅いし寝起きスッキリせーへんなあ?

 

そういうわけで、おはよう。ぼくはマクロスΔの映画を観に行くのだ。

 

正直、テレビ版について、話がガバいという感想を抱いているせいで、あまり期待していない。地元の映画館じゃあないし、果たして行く価値はあるだろうか、ぼくは不安である。ただでさえ尺足りてなくてダイジェストみたいなアニメやったのに、さらに映画の枠にアニメの内容を埋め込むんやろ?いや〜きつそう〜

 

素直に後日談としてワルキューレのライブとパイロットの飛行ショーという名目のファンディスクで良いと思うけれど、まあそういう話は帰ってきてからということで

ゲームせずにアニメ見たり実況見たり作業してるときが一番幸せで楽しい、ゲームは時間の無駄遣い

 

もう500回は言った。

うつ?

昨日の夜3時までカラオケしててそれから帰って寝て10時に起きてそこから身体だるいなーって布団の中でアニメや実況やゲームしたんだけれど、唐突に執筆作業しないとって感情が芽生えて罪悪感で死にたくなっている。

 

夜中遊んだせいで次の日なにもできなくなる身体の弱さに泣きたくなるし、体調が死んでいるせいで気分も落ち込むし、人生なんなんやろなーって悲しいよ。

 

バイトしなって言いながら結局まだ連絡入れてない自分が悲しいし、作業しなって言いながら作業せずにこうしてブログ書いてる自分が悲しいし、人生のゴールが分からなすぎてしんどい。

 

ゴールって書くと未来とかすんごい先のイメージになってしまうから少し違うのだけれど(ううん、正確にはそういう意味も含んでいるのだけれど)、今の環境からどこを目指したらいいのか分からないってこと。なぜって、ニートより快適な生活が思い描けないのだ。好きな時間に起きて好きなアニメを好きなだけ見れて、明日のことを考えて憂鬱にならずに寝ることができる。これほど幸せな生活をてにしていて、ぼくはどこを目指せばいいのって思う。寝るのが怖くない今を離したくないよ。

 

働きたくないなあって話になってしまった。心の底からはたらきたくないのだ。