刹那主義至上主義

こいついつも推敲してないな

寝る前にお茶をがぷがぷカップ1杯飲んで寝ると夢を見ることができる、気がする。最近。

面白い夢の自分は自分じゃないことがほとんど、面白いアニメを見ているに近い。

 

自分が書いてる小説が1ミリも面白いって思えなくなってるからまるで進まないし、でも完成させなきゃ生きている意味とは、だし、ていうかもう他のもの書きてえ、だし、でも完成させなきゃダメだから、うーん辛い。

 

幸せな時間はアニメを見ているときと夢を見ているとき、それと小説の進行が良いとき。ゲームしてるときは幸せではない。

ゲーム辞めたいけど、じゃあゲームしてる時間に作業するかアニメ見るかって言われると「そーゆー気分じゃない」になってしまう。しかしゲームしてるとその切り替えがしづらくて作業の時間が減りゆく。

働いてる人からするとぼくの悩みは本当に死ねって感じだろうけれど、いまのぼくはそんなことで悩んでいる。もーすぐ仕事を辞めて4ヶ月になるけれど、この4ヶ月に君は何をしましたかって言われても何も答えることができないので本当に完成させないといけない。死にたい。

競技性ゲームオタクなせいで人生結果が全てって思う癖があるし、本当彼女にそゆことを全て忘れさせてほしい。けれどその彼女だって、彼女がいる形こそに意味を感じているだけかもしれないし、ぼくはこの呪いからいつ解放されるのだろうか。

コンビニのバイトをバカにしているわけじゃないけれど、(正確に言うと、高校生ができるバイトって意味で捉えてほしい)ぼくはコンビニのバイトすらできないと思っているし働くのが怖い。学生時代にバイトをほぼしていないから本当に働くことが怖い。ぼくは働けるという形ある保証がないと働ける気がしない。

 

二次元と三次元の区別がつかない人のことをゲーム脳と形容する節が昔にはあったけれど、ぼくみたいに何をするにも形に見える保証がないと自信が持てない人のことこそをゲーム脳と言うのではないだろうか