刹那主義至上主義

こいついつも推敲してないな

読まれない小説をなろうで書き続ける意味はなに

先月末から連載の形で書いてる小説が笑っちゃうくらいに読まれてない。もうすぐ1ヶ月になるのに10人にも読まれてない。バタバタしてて(嘘、更新押したつもりで押し忘れてただけ)1週間くらい更新してないけど、1週間前に更新した最新話のpvはまだ1桁だ。もちろん閲覧者の全員が読んでるとは到底思えないので、読んでいるの人がひとりいるのかさえ分からない。

続きを書こうにも、筆を握る瞬間に「どーせだれにも読まれないのになんで書いてんだろ、アニメ見たりゲームしてる方がずっと楽じゃん」って気持ちになってしまう。べつにだれかに媚びを売るために書いているわけじゃないけれど、だれかの心を動かすために書いているのだから、だれにも読まれていないとなると書く気になれない。

なにが悪いってきっとぼくが「なろう」なんて場所で一次創作を書いてるのが悪いんだろうけれど、じゃあどこで書けばいいのって思う。きっとどこで書いたって同じだ。名前も知らない奴の小説なんて読みたいと思わない。ぼくだって本屋さんで本を選ぶときは作者の名前と表紙のイラストを見て決める。作者のことを知らない本を買うときは、大抵とびっきりに表紙のイラストが好みなときだ。見ているアニメだってそう。シリーズ構成の担当の人の名前や会社の名前、ジャンルを見て視聴するかを決める。そこに自分のニーズと合致しないものをわざわざ見ることはしない。

そういうわけで、読まれないのは仕方ない。でも、じゃあ「なろう」なんて場所が繁栄するわけがないから、きっとウケる作品にはウケる魅力があるんだと思う。ぼくのにはない。ということなのだと思う。

もう疲れた。最近輝く綺麗なものをたくさん見て、身過ぎて疲れた。いつから綺麗なものを見て悲しい気持ちになるようになったんだろう。きっと、高三の夏の終わりくらいからだけれど。

この状況をどうにかする方法が分からない。きっと、書き続ける、しかないのだろうけれど、しんどい。疲れた。そんな元気はない。もうなにもしたくない。いつもそう。なんでもそう。生きてきて一度も勝ったことがない。ゲームも勝てない。なんにも勝てない。勝つ日が訪れる前に心が折れて諦めてる。だってしょうがないじゃん、勝てないんだもん。人間は水を飲まずに生き続けるなんて無理なんだよ。諦めなければいつかはなんて言葉は嘘っぱちだ。この世界はそんな甘い世界じゃないことを知ってる。レベル1のポケモンがいくら頑張ったってレベル100のポケモンには勝てないように、弱い奴は一生負け続けるんだよ。負け続けるから、経験値もない、レベルも上がらない。モバ系のゲームで一度戦力差がついたら試合が捲れないのと同じ。人生は積み重ねなんだよ。一度躓いたらそこで終わりなんだよ。救済措置なんてない。救済措置がないから、みんな頑張って生きてるんだよ。ぼくは、救済措置がないから、頑張れないんだけれど。

 

疲れた